クラシックを本当に楽しむためには勉強が必要という話は素晴らしい
前半でよかったのがクラシックはもう無形の世界遺産みたいなもので、新しい作品も生まれてはくるだろうが、これからもずっとオーケストラで演奏されていくのはせいぜい50曲程度ではないか、というあたり。ここまで言い切られたのは初めてで、なるほどな、と。序予言のタイトル通り「21世紀はリサイクル文化」の時代なのかもしれません。ベートベンやブラームスのような作品はこれから生まれそうもないし、カラヤンやバーンスタイみたいな指揮者にはかないそうもない。でも、日本のホールみたいに、響きのいいホールはないわけで、考えようによっては、世界遺産ともいうべきクラッシクを観賞する最高の環境が整いつつあるインフラをもっと活用すべきなのかも。
バッハ、ハイドンでは新しい曲の発見も相次いでいるというのも楽しみで、ケーテン時代のバッハの楽譜が大量に発見されたら、コンクールの課題曲なんかも変ってくるだろうという指摘も、なるほどな、と。また、N響の海外公演の演奏プログラムを考えると、ベートベンやブラームス、ブルックナーなどドイツの交響曲やフランスの印象派音楽も本場でやるには難しく、チャイコやドボルジャークなども日本人のイメージからはかけ離れるし、シベリウスやプロコフィエフは難解で採算的に難しいので、いつもベルリオーズの「幻想交響曲」かバルトークの「管弦楽のための協奏曲」になってしまう、というあたりの話もさもありなん≠ニ面白かった(p.168)。
こうすれば、クラシック音楽を、より多くの人が楽しめる
夢(妄想)で埋め尽くされたような本だ。 予言あり、予想あり、提言あり、苦言あり・・・なのだが、これだけ、好き勝手なことを、日本全国に向けて言えるのだから、さぞかし胸がすっきりするだろうなと思う。 プロのオーケストラプレーヤーだから思いつくことなんだろうなとは思うが、ここに書かれたことが実現すればたしかに、クラシック音楽の閉鎖的なイメージは変わるだろうなと思う。前半は、予言や提言をもとにした、フィクションで構成されているが、発想がぶっとんでいる。とにかく、型にとらわれない発想が、つぎつぎと飛び出す。 まともに読んでいると、ついていけなくなって、疲れてしまうほどだ。こういうのは、真に受けず、気楽に読む方がよい。これ自体が、エンターテインメントである。 中間部分は対談、後半はN響の演奏旅行のノンフィクションである。この本は、読み進めていくと、空想から始まって、段階的に現実になるという構成をとっているわけだ。これも、読者を飽きさせない工夫なのでしょう。 指揮者デュトワとN響の話は、とくに興味深かった。 どんなに優秀な管理職でも、マンネリになると、どうなるか・・・・ そんなことが想像できて、考え込んでしまった。
ヤマハミュージックメディア
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